その5

4-5 追憶『クロスロード』 2017年夏

 追憶ということで、今の3年生が2年生の時の話なんですけど、どの追憶シリーズも薫くんががっつり話に絡むことはないです。

この『クロスロ』で薫くんとその周辺について明らかになるのは、

・学院近くに地下ライブハウスがある。放課後、やる気のない生徒がたむろしていて、治安も悪い。そのライブハウスの元締めが薫くん。

・実家は地元の有力者で、父親から学院近くの地域を任されている。

・真面目に登校しておらず、校内のゴタゴタには興味がない。

 はじめて『クロスロ』を読んだ時、「昨年度の薫くんて、モブの代表って感じだなー」と思いました。 

  学院は腐りかけているけど関係ない。現状を変える気もなくて、女の子と遊んでるのが好き。完全に傍観者の立ち位置で、何とかして学院を変えようと奔走していた蓮巳くんや、命を削る勢いで革命を成し遂げた英智くんなど他のキャラたちと比べると、物語の主軸に関わる気はほとんどないようです。

 ではなぜ、ネームドキャラとしてあんスタのメンバーに加わっているのか。

 不思議ですけど、それもまた「完全に傍観者だったから」なんですよね。

 昨年度、あんスタ内のモブ達は、生徒会が故意に起こした「ゴタゴタ」に「裏」があるとは知らず巻き込まれ、利用されます。自動的に改革の一部に組み込まれて、「よくわかんないけど自分達や学院は変わったんだ」と信じこんでいる状況は、側から見ると少し異様です。

薫くんは、校内で何が起こっているかはうっすら把握しているような立ち居振る舞いをしますが、一貫して改革に関わっていこうとはしません。「近くの地域を任されていて、不良の溜まり場の元締めをしている」という、生徒会側に付いてもモブ側に付いても事を有利に運べる立場にいるのに、どちらに混じることも拒否して1人冷静に周りを観察しています。ユーザーの目線に1番近いポジションで物語を見つめる、ストーリーテラー的な存在です。

 『クロスロ』に限らず、追憶シリーズは、どのキャラクターに寄り添ってストーリーを読むかで全体の印象が大きく変わると思います。誰が正義で、誰が悪か。みんな正しくて、みんな間違っていたのか。単純な二項対立では割り切れないほど、たくさんのキャラクターが傷つき葛藤しながら乗り越えた激動の1年でした。

 そんな中、誰からも距離を置き、中立的な態度を貫いた薫くんは、1番無傷だったけれど、1番孤独だったろうなとも思います。

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達観した物言いからも、あきらめに似たさみしさを感じます。

 あんスタ最古の時間軸のストーリーとして、夢ノ咲学院の行く末を大きく左右する運命の瞬間を切り取ったのが、追憶『クロスロード』でした。